精液検査の基準値の変更について(WHOマニュアル改訂)
WHO laboratory manual for the examination and processing of human semenの第6版が発表され、10年ぶりに精液検査の基準が変更となりました。
項目 | 下限基準値 | |
第5版(2010年) | 第6版(2021年) | |
精液量 | 1.5㏄ | 1.4㏄ |
精子濃度 | 1500万/ml | 1600万/ml |
総精子数 | 3900万 | 3900万 |
運動率 | 40% | 42% |
前進運動率 | 32% | 30% |
生存率 | 58% | 54% |
正常形態率 | 4% | 4% |
WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen, 6th edより一部抜粋
当院で患者様にお渡ししている精液検査の結果の表記については順次書面のupdateを行い詳細はHP等でご報告いたします。
ここから少し第5版から第6版への変更点や、追加点などをご説明いたします。
基準値の変更点の要約
第5版から精液検査の下限基準値は「1年以内にパートナーが自然妊娠した男性の精液所見」をもとに決められていました。短期間で自然妊娠した男性のうち、精液所見の低い下位5%を不妊の男性の境界線として基準値としているとされています。第6版でもその基準は変わりませんでした。
変更点は第5版では調査地域はヨーロッパ、アメリカ、オセアニアのみでしたが、今回の第6版ではアジア、アフリカを加え、より全世界的なデータとなっています。
精液検査の基準値を見るうえで重要なことは、基準値は妊娠可能な男性と妊娠しにくい男性の間の明確な境界線として使用することはできないということです。基準より高くても妊娠しにくい場合もあれば、低くても自然妊娠が成立することもあります。あくまで一つの指標として考慮するのがよいと考えます。様々な報告などを見ても、おそらく標準的な精液所見のみで妊娠を予測すること自体が難しいのではないでしょうか。
今回の大きな変化としては、精液の特殊検査についての記載が増えました。これらは主に精子の「質」示す検査であり、精子の形態に対する詳細な検査や、遺伝学的な検査、精液の酸化ストレス検査、精子のDNA断片化の検査などを含みます。第6版では精子の数的評価だけでなく、不妊治療の成績に影響を及ぼすパラメーターの評価を重要視していることがわかりました。検査の中には大学の研究室レベルでないと行うことが難しいものも含まれていますが、当院としては数年前よりDNA断片化の検査や酸化ストレス検査を導入しており、体外受精の成績が芳しくない患者様の治療方針の策定や、精索静脈瘤の治療効果の判定など、様々な場面に活用しております。
まとめますと、精液所見の基準値は変わったものの、それほど大きな変化はありませんでした。注目すべきは標準的な精液所見の評価値だけではなく、実際に妊娠の成績に影響する特殊検査に言及しており、男性の不妊治療と女性の不妊治療を連続した解釈で進めることがより重要視されてきたことを感じました。
当院でも今後も最新の知見や検査、治療法を取り入れながら、世界レベルの不妊治療を提供できるように研鑽していきたいと思います。