コラム

COLUMN

透明帯形態異常とART成績の関連性について

胚培養士の宮本です。この度、11月出版の日本受精着床学会誌に論文が掲載されましたので報告いたします。

皆さんは“透明帯”についてどれくらいご存知でしょうか。透明帯は鶏の卵でいう殻をイメージされると良いかと思います。
英語ではZona pellucidaといいますが、Egg coat(卵のコート)とも呼ばれています。

理想的な卵子
卵子の外側にある透明状のものが透明帯

理想的な卵子
卵子の外側にある透明状のものが透明帯

透明帯の形に異常がある卵子の画像

透明帯の形に異常がある卵子

透明帯にはいくつかの役割があります。下の図にまとめました。

透明帯の役割についての画像
①先体反応の想起…精子が卵子の中へ入るために必要な反応を誘導
②多精子受精の阻止…1つの精子が卵子に入った後、他の精子が入らないようにする
③分割期胚の保護…バラバラになりやすい割球を隣り合わせの状態にしておく
④卵母細胞の発育促進…卵胞中の卵母細胞へと栄養を送るための通路をしっかり保つ

透明帯は精子が卵子の中に入る時や入った後、つまり受精する時に大切な役割を担っていて、形が歪だと受精障害となることが分かっていますが、顕微授精ではそのステップを経ずに受精します。

そのことから、透明帯と受精に関する研究はふりかけ法の体外受精のデータで行われることが多く、顕微授精ではあまり研究されていませんでした。

そこで当院の顕微授精した卵子のデータをもとに、透明帯の形に異常があると受精率や妊娠率に影響があるのかを検討しました。

今回の研究では、透明帯の形に異常がある群 vs 正常な透明帯の群で比較を行いました。

結果

まず、透明帯の形に異常がある群とない群で年齢や卵巣刺激に違いはあるのかを調べました。

※右列のP値は二つの群の数値に違いがあるかを示す指標で、今回の研究ではこのP値が0.05より低いと違いがあるとしています。

透明帯の形が異常群 正常な透明帯群 P値
周期 383 3375
妻年齢 (歳) 38.3 ± 4.3 38.5 ± 4.5 0.358
BMI (kg/m2) 21.6 ± 3.1 21.7 ± 3.1 0.412
AMH (ng/ml) 2.4 ± 2.4 2.1 ± 2.7 <0.01
採卵決定時のエストラジオール値(pg/ml) 1301.1 ± 874.9 1014.6 ± 785.7 <0.01
総ゴナドトロピン投与量(IU/ml) 2006.4 ± 846.5 1784.3 ± 904.8 <0.01
総採卵数 (個) 8.7 ± 6.0 6.4 ± 5.3 <0.01

この結果では、透明帯の形が異常な群ではAMH値が比較的高く、卵巣刺激に使用する薬剤量が多いことや、採取された卵子の数も多いことが示されました。

次は受精率や妊娠率の結果です。

透明帯の形が異常な卵子 正常な透明帯の卵子 P値
正常受精率 72.7%
(381/524)
77.2%
(7893/10228)
0.019
未受精率 14.7%
(77/524)
11.7%
(1194/10228)
0.044
胚盤胞到達率 60.60%
(220/363)
57.4%
(4255/7414)
0.232
臨床妊娠率 33.3%
(12/36)
39.6%
(738/1864)
0.493
流産率 33.3%
(4/12)
27.2%
(201/738)
0.744
出産率 22.2%
(8/36)
28%
(521/1864)
0.753

この結果から、透明帯の形が異常な卵子は正常な透明帯の卵子と比べて受精率がやや低い一方、その後の受精卵の成長や妊娠率には影響を及ぼさないことが分かりました。

最後に、採卵を複数回実施したうち、何度も透明帯の形が異常な卵子が見られた症例についての結果です。

複数回透明帯の形が異常な卵子がある群 正常な透明帯の群 P値
周期 67 3375
正常受精率 65.0%
(279/429)
75.2%
(9337/12421)
<0.01
多前核受精率 6.5%
(28/429)
4.0%
(498/12421)
0.017
変性率 8.4%
(36/429)
5.5%
(689/12421)
0.018
未受精率 15.4%
(66/429)
12.0%
(1491/12421)
0.041
胚盤胞到達率 45.6%
(119/261)
56.7%
(4936/8711)
<0.01
良好胚盤胞率 13.8%
(36/261)
27.4%
(2383/8711)
<0.01

この結果では、何度も透明帯の形が異常な卵子が見られる症例では、受精率だけでなくその後の受精卵の成長もあまり良くないことが示されました。

結論は以下の通りです。

  • 体外受精だけでなく、顕微授精でも透明帯は低受精率と関連性がある。
    ⇒ 透明帯の異常は卵子の質を反映しているかもしれない。
  • 調節卵巣刺激が透明帯形成に関わっている可能性がある。
  • 何度も透明帯の形に異常がある場合、受精時だけでなく受精卵の成長にも影響がある。
  • 顕微授精をする際は、透明帯の形にも着目する必要がある。

なぜ透明帯の形が異常になるかについては、今後基礎研究(マウスなどを使った実験)によって解明されることが待たれます。

また、何度も透明帯の形が異常な卵子が見られる症例については、卵巣刺激の方法を変えることや適切な培養液を用いるなどの工夫をして、受精率や受精卵の成長を良くするための検討をする必要があります。今後も引き続き検討を継続していきます。

当院では、ひとつでも多く良好な受精卵を得られるように、保険診療でもなるべくオーダーメイドに近い、患者さん個人に合う薬剤を選択して卵巣刺激法を提案・実施しております。

培養部では卵子や受精卵の様子をしっかりと観察し、IVFチャートと呼ばれる用紙に記録を残しており、今回の研究のように様々な視点から成績向上のための手がかりを探索し続けています。

卵子の状態や受精卵の様子を詳しく知りたい方は、胚培養士相談(https://ivf-kyono.jp/medical/embryologist/)を受けることができます。ご興味がございましたら、是非お問い合わせください。
※盛岡院、高輪院では実施しておりません。

京野アートクリニック仙台

培養部 宮本 若葉