1.卵巣刺激
体外受精における卵巣刺激とは、排卵誘発剤を使用して卵胞(卵巣にある、卵子が入っている袋)を複数発育させ、複数の卵子を得る目的で行われます。卵巣刺激は、注射の量や種類に着目して分類すると、「刺激周期」「低刺激」の2つに分類されます。
そのほかに、卵巣刺激を行わない「自然周期」「未成熟卵体外培養」などの方法があります。
刺激周期
- 一般的に、月経時から採卵までの間、毎日排卵誘発剤の注射を行う方法です。
- 採卵時に、採卵針で卵胞を穿刺し卵子を採取した場合、卵胞1個あたり成熟卵が採取される可能性は70〜80%程度、成熟卵が得られた場合、受精率は70〜80%程度、その後の分割も100%ではなく質も様々です。
- メリット:
(1)複数の卵子を得る事で、1個も受精卵が得られない可能性が低い
(2)複数受精卵があればよい受精卵が含まれる可能性が高まる
(3)複数の凍結胚を得られる可能性が高まる - デメリット:
(1)毎日の注射による身体的・経済的負担
(2)卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の可能性
※重症OHSSにならないよう十分注意して治療を行いますが、100%発症を防ぐことは不可能であり、入院加療が必要になったり、血栓症を併発したりすることも考えられます。
ロング法
- 適応:37歳以下で卵巣機能に問題ない方
- 採卵あたりの妊娠率、胚凍結できる確率が高い方法で、当院の標準的な卵巣刺激法の1つです。
- 治療周期の前の周期に、必ず準備の周期(前周期)が必要です。
- 目標採卵数は6〜15個ですが、女性の年齢や卵巣機能によって個人差があります。
ショート法
- 38歳以上の方、37歳以下でも卵巣機能が低下していたり、発育卵胞数が少ない場合、他の方法で妊娠しなかった場合などに用います。
- 前周期を行うこともありますが、必須ではありません。
アンタゴニスト法
- 当院の標準的な刺激周期の1つです。
- 全年齢の多くの方に行える方法ですが、卵巣過剰刺激症候群を起こしやすい方や、ロング法・ショート法などで妊娠しない時に選択されます。
- 前周期を行うこともありますが、必須ではありません。
- 目標採卵数は6〜15個ですが、女性の年齢や卵巣機能によって個人差があります。
低刺激
- 当院の場合、内服の排卵誘発剤を併用し、月経時からしばらくの間は排卵誘発剤の注射を行わないか、 行っても1日おきであるなど、注射の回数を減らした卵巣刺激方法です。
- メリット:
(1)注射の回数が少ないため、身体的・経済的負担が軽減される
(2)卵巣過剰刺激症候群のリスクが比較的低い
また、自然周期よりは採取できる卵子が多いため、自然周期よりも受精卵が得られる可能性があり、リスク、確実性において、刺激周期と自然周期の中間的な方法です。 - デメリット:
(1)1回の採卵で得られる卵子の数が刺激周期と比べ少ない可能性
(2)刺激周期と比べ採卵数が少ないことにより、凍結胚が得られない、または得られても数が少ない可能性がやや高い
(3)刺激周期と比べ再度採卵が必要となる可能性がやや高い - クロミフェン(セロフェン)周期では新鮮胚移植を計画した周期に⼦宮内膜が薄く、新鮮胚移植を見送り全ての受精卵を凍結せざるを得ないことがあります。この場合、その後の胚の状態によっては、凍結できず、1個も移植できない可能性も考えられます。
2.自然周期
「ホルモンバランスがよくない、卵巣予備能力が低いなどで、卵巣刺激をしても複数の卵子が採取できる見込みがない場合」「刺激周期や低刺激で妊娠しなかった場合」などが主な適応ですが、基本的には自然排卵があれば、どなたにでも行える方法です。
自然周期のメリット
(1)ほとんど注射などを行わないため、身体的・経済的負担が最も少ない
(2)毎月採卵できる
(3)受精卵ができ胚移植ができれば、胚移植あたりの妊娠率は他の方法と遜色なし
自然周期のデメリット
卵胞が原則1個のため、
(1)「採卵前の自然排卵による採卵キャンセル」「採卵しても卵子が採取できない」というリスクが他の方法よりも高い
(2)卵子が採取できても、その1個が受精しなければ移植できないため、他の方法と比べて、受精卵を移植できる可能性が低い
(3)移植/妊娠しなかった場合、再度採卵からやり直しになってしまう
3.未成熟卵体外培養(IVM)
月経不順のある多嚢胞性卵巣症候群の方に対して、卵巣刺激を行わないで採卵する方法です。
自然排卵がある方(自然に卵胞が育つ方)は適応になりません。
- 通常は、卵巣内で成熟した卵子を採取して採卵当日に授精させますが、この方法では、卵巣内で成熟する前の未熟卵子を採取して、体外で1日培養し、成熟したものに対して、採卵翌日に授精させる点が違います。
- メリット:卵巣刺激を行わないため、卵巣過剰刺激症候群の可能性はない。また、基本的に排卵誘発剤の注射を行わないため(採卵36時間前の注射は有)、身体的・経済的負担が軽減される。
- デメリット:通常の体外受精・顕微授精に比べて胚移植あたりの妊娠率が低い。
このため、IVMの新鮮胚移植においては、他の治療方法と違い、通常2個移植を行っています。
4.採卵
採卵2日前
採卵の約36時間前(2日前の夜)に、hCG(ゴナトロピン)の注射を行います(別途時間指定)
hCG注射は大変重要な注射です。
この注射は、卵子の減数分裂を促進し、成熟卵を取るために絶対不可欠です。
注射は決して忘れず、注射日・注射時刻を厳守し、絶対に間違えないようご注意ください。
(アンタゴニスト法、低刺激法、自然周期の場合は、点鼻薬を用いることもあります)
採卵前日
原則、前日に注射はありません。また、抗生剤の処方がある場合は前日で終了です。
当日麻酔をかけるため、医師から特別な指示があった場合を除き、採卵前夜の午前0時以降、奥様は絶飲食となり、来院し手術するまで少量の水もふくめ、一切の飲食ができませんのでご注意ください。
採卵当日
準備する物
- ナプキン3個
- ショーツ1枚
- 各種同意書(遅くとも採卵日までに提出)(ご夫婦それぞれ直筆で署名捺印)
- 戸籍謄本(遅くとも採卵日までに提出)
- 費用(採卵直前の診察時に総額と明細を説明)
<採卵までの流れ>
ご夫婦でのご来院となります(精液持参・凍結精子使用の場合は奥様のみ)。
- 奥様は、前日から引き続き、一切飲んだり食べたりしないでご来院ください。
- 8時10分厳守で来院できない場合等は、近隣ホテルに前泊をお願いします。台風などの天候や事故などの影響で遅れることのないよう、事前に天気予報と、当日に交通情報を必ずご確認ください。
- 来院し、採卵当日朝、採卵料・移植料等を前払いとなります(振込みの場合を除く)
- 会計後、当院採精の場合、ご主人を採精室にご案内いたします。
- 奥様は、リカバリー室にて、手術室用ガウンに着替えていただきます。
- リカバリー室で点滴を開始します。
- 手術室に入室し、モニターをつけるなど採卵の準備を行います。
<採卵>
- 手術前に、医師、看護師、胚培養士が立会い本人確認を行います。
- 採卵は、体の負担が少なく回復の早い局所麻酔か、鎮痛剤のみ(卵胞が少数の場合)で行います。
- 当院の局所麻酔採卵は、痛みの少ない極細の局所麻酔針を使って行い、歯科治療等と同様、局部に麻酔をかけて意識がある状態で採卵を行います。
- 状況によっては、採卵直後の卵子の状態を見ることができる場合があります(見られないこともあります)
- 局所麻酔の場合は回復が早いため、採卵当日はお一人でお帰りいただけます(車の運転も可)。
※当院では、原則として静脈麻酔による採卵は行いません。
<採卵後>
- 採卵後、奥様の状態によりますが、リカバリー室で1〜2時間の安静となります。
- IVFコーディネーターの看護師より結果説明(卵子、精子の状態など)があります。
- これからの事について相談しながら決めていきます。
- 採れた卵の数や受精数にもよりますが、余剰卵があった場合の凍結希望を前もってご夫婦で話し合っておいてください。
- 採卵日当日は湯船にはつからず、入浴する場合はシャワー浴になります。
- 血栓予防のお薬(血液をさらさらにする薬)と抗生剤が処方されます。
- 帰宅後は安静にしてください。
<帰宅時間・その後の過ごし方>
通常お昼過ぎには帰宅していただけます。体調がよければ帰宅後の行動に大きな制限はありませんが、体調がすぐれないこともありますので、採卵当日のお仕事は休まれたほうがよいでしょう。翌日以降は、通常通りの生活、お仕事をして差し支えありません。
5.新鮮胚移植
胚移植では、体外受精が行われた受精胚を子宮内に戻します。
- 胚移植当日は13時30分(午前診療の場合10時30分)に来院となります。
- 移植がスムーズに行えるよう、60〜90分前から排尿しないでください。
- 来院後、採血があります。
- 採血後は、リカバリー室にて培養士よりその日の受精卵の状態について説明いたします。
- 説明後は、手術室にて胚移植を行います。
- 当院では多胎を防止するため、胚移植個数は、原則1個としています。
- 胚移植当日は、10時30分集合の場合の帰宅は13時過ぎ、13時30分集合の場合は遅くとも16時過ぎには帰宅可能です(状況によっては遅くなることもあります)。
- 移植用チューブの刺激などで、少量の出血があることがありますが、多くの場合心配ありません。
- 着床を助けるため、女性ホルモン、黄体ホルモン剤のお薬が処方されます。
- 出血や腹痛などがあっても途中で内服をやめず、処方された薬は必ず指示通り飲んでください。
- 胚移植当日、入浴される際は湯船にはつからず、シャワー浴にしてください。
- 帰宅後から妊娠判定までの間も、ふだん通りに日常生活を送って構いません。また、特に仕事を休む必要などもありません(そのため、安静が必要との診断書も発行いたしません)。ただし、激しい運動は避けるのが望ましいでしょう。
- 採卵日から妊娠判定日までは、夫婦生活は避けてください。避妊しない夫婦生活の場合は、精液中に含まれるプロスタグランジンと呼ばれる物質が子宮を収縮させる働きがあるほか、夫婦生活そのものも子宮収縮を促す可能性があります。
- OHSS(卵巣過剰刺激症候群)の症状(腹痛、お腹の張り、尿の出が悪い)などがありましたら、早めに診察を受けてください(来院の際は、必ず事前に症状についてご相談ください)。
胚移植を行えない場合(例)
- 卵子が取れなかったとき
- 取れた卵子がすべて変性卵、未熟卵だった時
- 卵子と精子が受精しなかった時
- 受精はしたが異常受精だった時
- 受精はしたが移植できる状態まで育たなかった時
- 胚の状態が非常に悪い時(医師と相談になります)
- 卵巣過剰刺激症候群になった時
- 出血、腹痛、発熱、感染症、体調不良など、胚移植を行える状態でない時 など。
6.妊娠判定
ホルモンの検査(採血)で、血液中のβ-hCGというホルモンを測定し、妊娠判定を行います。
超音波での診察で卵巣の腫れや、子宮内膜の厚さを診断します。
血中β-hCG、100mIU/mL以上の場合には、正常妊娠の可能性が高いと診断されます(妊娠判定陽性)
- 妊娠判定が陽性の場合でも、出産に至る可能性は(年齢にもよりますが)約80%程度です。
- 約2%は子宮外妊娠(卵管など子宮ではないところに着床)、約20%が流産(エコーで胎嚢が確認できたが、その後妊娠継続しない)などの可能性も考えられますので、厳重な経過観察が必要です。
- 血液検査や尿検査で妊娠判定は出るが、エコーで胎嚢が確認できないまま発育停止し、月経となるものを化学的妊娠と表現します。妊娠判定が陽性でも化学的妊娠となることもあります。流産に似た状態ですが妊娠回数には数えません。化学的妊娠は化学的流産とも言います。
- β-hCGが100mIU/mL未満の場合でも、その後胎嚢が確認され、出産に至ることもありますが、数値が低いほどその可能性は下がり、子宮外妊娠、化学的妊娠、流産の可能性が高まります。
- 妊娠反応が陽性の場合、1週間後に来院していただき、子宮内に胎嚢があるか確認します。
妊娠判定が陽性に出た後の
管理・注意について
- 妊娠判定陽性後は、軽度の下腹部痛や少量の出血であれば、安静が第一であり診察の必要はありませんが、心配な方、症状が重い方は、当院の診療時間内にご相談ください。
- 相談の結果診察が必要な場合は、予約状況に関わらず、時間帯を相談の上診察いたします。※連絡なく直接の来院はご遠慮ください。
- 妊娠判定陽性後に当院が処方したホルモン剤等は、「流産が確定した場合」「重症のアレルギーが出た場合」「血栓症を発症し、脳・肺塞栓の併発の危険があるとして、ホルモン剤の中止を求められた場合」を除き、当院の医師以外の指示で中止してはいけません。
ホルモン剤を中止した場合、遅くとも翌日午前中までに当院に連絡し、指示をあおいでください。 - 切迫流産の治療で、止血剤などを処方するので当院以外の病院・クリニックの医師等から中止してよいと言われたなどの場合でも、ホルモン剤は中止せず、必ず当院に相談してください。
- 緊急の症状などで、妊娠中に当院以外の病院に受診した場合は、その内容にかかわらず、必ず翌日午前中に当院に連絡・報告し、必要なら指示を受けてください。
その他の場合
医師の判断で下記の方には不育症をおすすめする場合がございます。
不育症検査を行ったほうがよい方
- 20代で流産した方
- 20代でなくても3回以上の流産の経験がある方
(1回あるいは2回の流産でも不育症検査は可能です。ご希望の方はお申し出ください) - 妊娠10週以降の流産をしたことがある方
- 妊娠中期以降の子宮内胎児死亡・死産の経験がある方
- 前回妊娠時に妊娠高血圧症症候群、常位胎盤早期剥離になった経験がある方
- SLE、ITPなどの自己免疫疾患の方
そのほか当院で可能な不育症治療
- 低用量アスピリン療法(バファリン81)
- ヘパリン療法(自己注射指導も可能)
- 漢方療法(柴苓湯)
- ステロイド療法、夫リンパ球療法、ピシバニール療法などは現在行っておりません。
- 甲状腺疾患、自己免疫疾患、糖尿病(耐糖能異常)などは、検査結果に応じて内科、外科などにご紹介します。
- 妊娠後は、不育症治療を併行して行うことができる産婦人科(産科)にご紹介いたします。