粘度の異なるオイルが受精卵培養に影響する?
胚培養士の宮本です。10月15日から16日に行われた第25回日本IVF学会に参加、発表をしてきましたのでご報告いたします。
IVF学会はその名の通り体外受精をメインテーマとした学会で、生殖医療に携わるエキスパートが講演する学会になります(当院の理事長京野も妊孕性温存のセッションで講演しました)。
胚培養士の参加者も多く、少しマニアックな発表もあり、活発な議論が行われました。
今回わたしは「無加湿型培養器における粘度の異なるオイルが与える胚培養への影響」という題名で発表をしてきました。
キーワードは「オイル」と「無加湿型培養器」との2つで、これらについて簡単にご説明します。
みなさんは受精卵の培養にオイルが使用されていることをご存知でしょうか?
「油を使って受精卵は大丈夫なの?」と不安になるかもしれませんが、しっかりとした品質管理がなされたオイルを使用し、保管方法にも気を付けて使用しておりますのでご安心ください。
受精卵培養に使用するオイルは主に“ミネラルオイル(流動パラフィン)”と呼ばれ、世界初の体外受精を成功させたイギリスのエドワードとステプトー両博士も使っていました。
受精卵の培養液の上にミネラルオイルを被せて使用しています。
ミネラルオイルは複数のメーカーから市販されており、オイルの粘度(粘り気)や劣化に対する耐性など特徴がさまざまです。
ミネラルオイルを受精卵培養に用いるメリットとして、
ゴミや細菌が培養液へと入るのを防ぐこと、培養液が蒸発するのを防いで適切な状態(pH、浸透圧など)を保たせることなどがあげられます。
次は培養器(インキュベーター)についてですが、
培養器は皆さまからお預かりした卵子、受精卵を培養するための機械で、自然妊娠の場合に受精卵が育つ場所である卵管や子宮を真似した環境にしています。
培養器には現在主に使用されているものとして、2種類に大別されています。
ひとつは従来型のもので、水を培養器内に循環させ、湿度が100%となるように設定された加湿型培養器です。加湿型培養器の特徴は、湿度が十分なので培養液が乾燥しないことがあげられます。
もうひとつが無加湿型で、こちらは水をまったく使っていない培養器になります。湿度が非常に低いことから培養液が乾燥してしまうため、ミネラルオイルを培養液の上に被せるのが必須となります。
複数の施設の研究により、無加湿型培養器の安全性・有用性が示され、現在ART施設で用いられる主流の培養器です。
ARTの保険診療化に伴い先進医療に搭載された「タイムラプスインキュベーター」は、受精卵の様子を10分ごとに写真撮影し、パラパラ漫画のように受精卵の発育の様子が見られる培養器で、当院では無加湿型のものを使用しています。
今回発表した内容は、
① 当院で使用中の無加湿型タイムラプスインキュベーターでは、どんなミネラルオイルをどのくらいの量入れると培養液の状態がより適切に保たれるのか?
➡ 粘度の異なる2種類のミネラルオイルを用いて、培養液のpHや浸透圧を測定
② ①で明らかとなったミネラルオイルを用いた群と、以前まで用いていたミネラルオイルを用いた群との間に、受精卵の発育に違いはあるのか?
の2つについて検討した結果となります。
結果
① 薄い青色の折れ線は以前使用していた粘度の低いオイル、濃い青色が粘度の高いオイル、黄色が粘度の高いオイル(量多め)の結果です。
粘度が高いオイルを多めに使用すると、培養開始から6日後の培養液の状態がよりよく保たれていることが分かりました。
② ①の結果から、粘度の高いオイルを多めに使用することにしました。粘度の低いオイルを使用していたときと受精卵の培養成績を比べた結果になります。
青の棒グラフが粘度の低いオイル、黄色が粘度の高いオイル(量多め)のデータです。粘度の高いオイル(量多め)では、粘度の低いオイルを使用した場合と比べて良好胚盤胞率(Gardner分類3または4BB以上)が高い結果となりました。
結論
- 受精卵の培養に使用するミネラルオイルでは、「粘度の高い」ものを「多い量」で使用すると、培養液の状態がよく保たれる。
- 粘度の高いオイルを多い量で受精卵培養をすると、受精卵の発育に良い影響を及ぼす可能性がある。
- 培養部では使用する培養器の種類に応じて、適切なミネラルオイルを選ぶ必要がある。
受精卵はとても繊細なので、培養環境の変化が原因となってうまく発育しない可能性があります。
当院では、受精卵にとって「やさしく」「安心な」環境を追及するために、培養液やミネラルオイルの管理を徹底し、さらに良いものはないかと常に情報収集し、検討しています。
これからも皆さまからお預かりした受精卵を大切に培養してまいります!
京野アートクリニック仙台
培養部 宮本 若葉