妊孕性温存:卵子・受精卵・卵巣凍結の有効性?
現在、世界的に認められている有効な妊孕性温存療法は、卵子の凍結保存、受精卵の凍結保存および卵巣組織の凍結保存であり、当院では全て実施可能です。それぞれの適応とメリット、デメリットを以下の表で示します。
適応 | メリット | デメリット | |
卵 子 凍 結 | 原疾患治療まで時間の余裕がある方 | 未婚でも実施可能 社会・倫理的な問題が少ない(凍結物は被実施者に帰属) | 個数確保が難しい 調節卵巣刺激が必要(2週間程度) |
受 精 卵 凍 結 | 原疾患治療まで時間の余裕がある方 パートナーがいる方 | 生存率・妊娠率高い | パートナーが必要(凍結物は被実施者夫婦に帰属) 調節卵巣刺激が必要(2週間程度) |
卵 巣 凍 結 | 初経前 疾患治療まで時間余裕がない方 | 自然妊娠できる可能性 すぐ実施可能 小児に対応可能 | 外科手術が必要 再発リスク有(微小病変残存の可能性) |
原疾患治療まで時間的余裕がある方は卵子凍結、受精卵凍結が適応となり、大きな違いとしてはパートナーの有無と将来の社会・倫理的な問題があります。日本産婦人科学会が発表している「医学的適応による未受精卵子、胚および卵巣組織の凍結・保存に関する見解」では、未受精卵子はその卵子の由来する被実施者(女性)に帰属するものであり、受精卵はそれを構成する両配偶子の由来する被実施者夫婦に帰属すものとしています。そのため、凍結する受精卵を利用または廃棄する場合は、夫婦両方の同意が必要となり、婚姻関係に左右されます。卵巣凍結では調節卵巣刺激が不要のため、原疾患治療まで時間的余裕がない方や初経前(小児)が適応となります。
それぞれの臨床成績を紹介したいと思います。Bríd Ní Dhonnabhain1)らの報告では、妊孕性温存後に行われた生殖補助医療の妊娠率と出生率について、卵子凍結、受精卵凍結および卵巣凍結3つのグループの間に有意差が認められなかったが、卵巣凍結での流産率は受精卵凍結よりも有意に低いと示されています(下表)。
卵子(n=178) | 受精卵(n=102) | 卵巣(n=550) | |
累積妊娠率 | 34.9% | 49.0% | 43.8% |
累積出生率 | 25.8% | 35.3% | 32.3% |
流産率 | 9.2% | 16.9%※ | 7.5%※ |
※p<0.05
また、3つの妊孕性温存手段の中、卵巣凍結が唯一、自然妊娠を期待できる方法です。Marie-Madeleine Dolmansらのデータ2)では、卵巣凍結融解移植を受けた167人の中、自然妊娠率が40%(67/167)、出産率が30%(52/167)と報告されており、2人目出産も含めて、合計67名の健康な生児が得られています。
一方、卵巣凍結では組織内にがん細胞が残存している可能性があり、移植後に疾患再発の可能性が指摘されています。その対策として、組織の移植前にがん細胞が残っていないか調べる必要があります。凍結卵子、凍結受精卵を用いた治療について、当院のデータでは、疾患の種類、手術の有無、抗がん剤の種類、放射線照射の強度などの影響によって妊娠率に有意差は認められませんでした3)。
がんの治療で行われるアルキル化剤を含む化学療法や、放射線療法は生殖機能へ障害を与える可能性があります。Kutluk Hらが行った、若年乳がん女性の化学療法後の卵巣予備能の追跡実験では、アルキル化剤を含む化学療法治療後の卵巣予備能(AMH)が顕著に低下しており、その後2年間経過してもAMHの回復は見られませんでした4)。このようなデータから、アルキル化剤を含む化学療法治療を行う場合は、化学療法前に卵巣凍結を実施するのが良いと考えており、がん治療後の卵巣移植によって海外では多くの赤ちゃんが産まれています。
妊孕性温存を検討する際、原疾患治療の担当医だけではなく、生殖医療専門医にも相談しながら進めていく必要があると考えています。当院では日本がん・生殖医学会の認定ナビゲーターが在籍しており、妊孕性温存をご希望される患者様には迅速かつ詳しいご説明をいたしております。
京野アートクリニック仙台
培養部 佟忻
参考文献
1) Bríd Ní Dhonnabhain, M.Sc., Nagla Elfaki, MD., Kyra Fraser, M.Sc., Aviva Petrie, Ph.D., Benjamin P. Jones, M.R.C.O.G., Srdjan Saso, Ph.D., Paul J. Hardiman, Ph.D., and Natalie Getreu, Ph.D.: A comparison of fertility preservation outcomes in patients who froze oocytes, embryos, or ovarian tissue for medically indicated circumstances: a systematic review and meta-analysis. Fertility and Sterility, Vol 117, No. 6, June 2022.
2) Marie-Madeleine Dolmans, M.D., Ph.D, Michael von Wolff, M.D., Catherine Poirot, M.D., Ph.D., Cesar Diaz-Garcia, M.D., Ph.D., Luciana Cacciottola, M.D.,a Nicolas Boissel, M.D., Ph.D., Jana Liebenthron, Ph.D., Antonio Pellicer, M.D., Ph.D., Jacques Donnez, M.D., Ph.D., and Claus Yding Andersen, MSc., D.MSc: Transplantation of cryopreserved ovarian tissue in a series of 285 women: a review of five leading European centers. Fertility and Sterility, Vol 115, No. 5, May 2021.
3) 中村祐介, 木戸葉澄, 柴崎世菜, 片岡万里乃, 小幡隆一郎, 橋本朋子, 奥山紀之, 戸屋真由美, 五十嵐秀樹, 京野廣一: 卵子または受精卵凍結による妊孕性温存の有効性. 日本がん・生殖医療学会誌Vol. 3, No. 1, 36-41, 2020.
4) M.D., Ph.D., Volkan Turan, M.D., Giuliano Bedoschi, MD, Enes Taylan, MD, Heejung Bang, PhD, Maura Dickler, MD, Shari Goldfarb, MD: Impact of adjuvant chemotherapy or tamoxifen alone on the ovarian reserve of young women with breast cancer: a prospective longitudinal study. ASRM Abstracts, Vol. 114, No. 3, Supplement, September 2020.